PuttingYourLifeIntoPerspective

たとえばあなたが、パフォーマンスを向上させたいとしよう。潜在能力をもっと引き出し、目標を定め、その実現に向けて頑張りたい。

しかし、何から始めればいいのかわからない。あなたが私のところに相談に来たら、最初にこう言うだろう。「まず人生を俯瞰で見てください」自分の殻から抜け出して、自分と自分の人生の全体像を、客観的にしっかりと見つめてほしい。空高くから見下ろせば、それはどんなふうに映るだろう?

対象から少し距離を置いて考える、というのは、ビジネスでよく使われる戦略だ。しかし、日常生活を客観的に眺めるチャンスはほとんどない。用事を「片付ける」ことがすべてで、自分のことを考える時間など、めったに取れない。朝食を作り、子どもを幼稚園に送り、芝生を刈る。

仕事では、メールの返事を書き、電話をかけ、書類をチェックして、会議・会議・会議。一流のスポーツ選手なら、日々の決められたトレーニングを終えるべく、荷物を準備して、食事、トレーニング、休憩、トレーニング、マネージャーと相談、トレーニング記録をつける。こうして現状維持以上の進展がない一日を終え、明日もきっと進展がない同じ一日だろう、と思いながらベッドに入る――。

あなたは、本当は行きたくない方向に走っているトラックに乗ってはいないだろうか。そこから降りるのは、たやすくないかもしれない。

でも、降りることはできる。いつか自分は死ぬ

「二〇年後には、したことよりしなかったことの落胆のほうが大きい。安全な港につないだ縄をほどいて、船を出せ。貿易風を帆にとらえろ。冒険し、夢をいだき、発見するのだ」マーク・トウェイン(作家)人生を俯瞰で見ると、自分が、広大な世界のなかのちっぽけな人間にすぎないことが認識できる。何を選んで生きるかは、人それぞれだ。人生は短い。

誰もが地球上で限られた時間を生きる身で、いつかは死ぬのだ。ショッキングな事実だが、私は悲観しない。

むしろ、今を最大限に活用しようと改めて思う。死ぬときの自分を想像してみるといい。あらゆることには、必ず終わりがある。入試も、子どもが小さい時期も、自分のキャリアも。運よく長生きできたとして、あなたは臨終の床で、どんな言葉をつぶやくだろう?誇らしい人生だった、と?人生を精一杯生きただろうか?ノルウェー有数の実業家シェル・インゲ・ロッケがパソコンに、「人生のカウントダウン」のソフトをインストールした、という話を聞いたことがある。

このソフトで、平均寿命から計算された、人生に残された年月を秒単位で確認できるそうだ。これもまた、人生を俯瞰で見るには有効なやり方だ。時間は有限である――そう意識することが、やる気につながり、急がなければ、という緊張感を生む。生きていて当たり前、今を楽しもう、と若い頃は思う。

そして年齢を重ねると、経験がものを言うようになる。八〇代になれば、二〇代の頃よりも、自分自身のことや世間での立ち位置がはっきり見えるだろう。しかし八〇歳になる前に気づくことができたらどうだろう?多くのチャンスを見逃さずにすむのでは?

私がクライアントに、人生を俯瞰で見るようにアドバイスするのは、そういうわけだ。早いうちから行動を変えたり正しい目標を定めるのに、活用してほしいのだ。わかりやすい例が「中年の危機」だ。恵まれたナルシストの中年が自分をもてあましているだけ、と鼻で笑う人もいるかもしれない。

しかし、中年の危機はもっと根深い問題であり、メンタルトレーニングの世界では、ここに解決のヒントが潜んでいると考えられている。幸福学の研究者によると、中年はもっとも幸福を感じにくい世代である。四〇歳になって、人生で初めて、肩にのしかかった責任の重さに気づくのだ。四〇歳になると、子どもがいる人も多いし、自分の親が年老いてくる。

職場では中間管理職になっていて、上からも下からもアドバイスを求められる。重圧に押しつぶされそうになってもおかしくない。しかもこの年齢になると、先々の限界が見えてくる。あれだけあった時間をもう味方につけられないのだ。挑戦を好むタイプの人なら、決断のときと考えるかもしれない。このまま今の生活を続けていたとして、一〇年後はどうなる?

今とまるで変わらない、つまり現状維持の可能性が濃厚だ。それは、自分が「本当に」望んでいることなのか?相変わらず、子どもとしっくりいかないことが。相変わらず、上司や景気や給料に不満があることが。

――そう、「中年の危機」に陥る理由は、中年は、おそらく生まれて初めて、人生を俯瞰で見る時期だからなのだ。幼少期は、なんの心配もなく今だけを楽しむ。青年期は、将来のプランを立てる。成人すると、人生が充実してきて、自信が出てくる。ところが四〇代になると、時の流れの非情さに気がついて、時間を求めて焦りはじめる。

スポーツの世界に身を置く人たちは、自分のことを俯瞰で見やすい。キャリアが短く、成績がわかりやすいので、あと数年で引退、と線を引きやすいからだ。同様にビジネスマンにも、「仕事は期間限定である」という意識が必要だ。四〇歳だと、引退を考えるまであと二〇年、というように。

こういう視点を持たないクライアントには、少々大げさに「毎日の習慣を変えない限り、二〇年先も今とまったく同じです。年を取るだけで、何も変わりませんよ」と言うようにしている。こうして私は、クライアントに「惰性を嫌悪する感情」を持ってもらう。

「習慣を変えさせるためには、まずクライアントの感情を引き出せ」が、私の持論であり、本書の根幹にある指針のひとつだ。感情を引き出すための方法のひとつが、人生を俯瞰で見てもらうことなのだ。人生を変えるのは感情である人間は、本質的に変化を嫌う生きものだ。習慣を守り、未知に対して不安を感じる。何かを変えるときは、たいていは痛みをともなう。

だから人は、変化しないための言い訳をするのだ。そんなときは、人生を俯瞰で見ると、正しい選択をするのに役に立つ。急がなければ、という気持ちが生まれるからだ。「私のキャリアは、あとたった一〇年しかない」「子どもが小さいときは今しかない。だから、一緒にいる時間を作らなければ」「あと一〇年しか生きられないかもしれない」古代ローマ帝国では、人生の短さを意識するためにユニークな手法が使われていた。奇襲に勝利した将軍は、帰還すると凱旋パレードを許可された。

これは最大の名誉だ。将軍は兵隊たちを引き連れて、民衆の喝采を浴びながら、ローマの中心地までの通りをパレードする。馬車に乗る将軍の頭に、勝利のしるしである月桂樹の冠をかかげる使用人には、もうひとつの仕事があった。それは「メメント・モリ(いつか必ず死ぬことを忘れるな)」という言葉を将軍にささやくこと。たとえ戦いに勝利しても命には限りがある、と思い起こさせるためだ。

すべてのことに終わりがある。一日、一週間、一か月、一年、すべていつか終わる。キャリアにも終わりがあるし、愛もいつか絶えるかもしれない。そして間違いなく、命には限りがある。私は、そう意識することを、やる気につなげてきた。苦しかった空挺部隊の研修では、いつか終わりが来るという意識を逆の意味で利用した。一秒ごとに、終わりに近くなる。この一週間が終わるのだと。たとえばあなたが、今日は気が重い予定がある、と思いながら目を覚ましたとしよう。役員の前で大事なプレゼンテーションをする日だ。こういうときは、いつかは終わる、と考えると、前向きな気分になれるものだ。

夜が来るまでに、その仕事は終わっている。結果はどうあれ、ほっとひと息ついてベッドに入ることができる。冒険家にとっては、必ず戻ってくるという思いが、活力になる。いつか必ず終わりが来るから、くじけてはいけない。いつか、報われるのだ。苦難に直面すると、たいていの人がネガティブな気持ちになる。

そうでなくて、人生を俯瞰で見て、いつかは終わるという意識を持つ。それは、習慣を変えようとするときの意志力を高めることにもつながる。他人にできることは、私にもできる有限の命を意識する以外にも、人生を俯瞰で見る方法はある。非常にスキルが高いクライアントに、私がよく使うもうひとつの手は、他人との比較で自分を見ることで「彼(彼女)にできるのだから、私にもできる」と思ってもらうことだ。

私は子どもの頃、偉人の伝記が好きで、トーマス・エジソンやマダム・キュリー、ルイ・パスツール、ライト兄弟やジョン・F・ケネディの話を読みあさった。偉人の多くが、私よりも厳しい家庭環境で育っていた。後から気づいて腑に落ちたのは、恵まれない環境で育つことが個性につながっている、ということだ

たぐいまれな偉業を成し遂げたり、自分の潜在能力に気づいたりした人は、過去になんらかの「欠落」を経験している場合が多い。成功の決め手は、IQでも学校の成績でも親の資産でもない。シンプルに「自分の思いを貫く」ことだ。この気づきは、大きな原動力になる。他の人間にできたことが、自分にもできないわけがない。営業職、弁護士、管理職、アナリスト、政治家、芸術家として、あの人が素晴らしい業績を上げた。だったら、どうすれば自分はそうなれる?

彼(彼女)が世界チャンピオンなら、自分がそうなるには、何をすればいい?自分の状況を世界人口の大多数と比べようとして、マイナスの作用を受けてしまう人も多い。ノルウェー在住のメンタルトレーナーとして、私もしょっちゅうぶつかっている壁だ。ノルウェーは、世界でもっとも暮らしやすい国のひとつだ。そう聞かされているし、裏を返せば、恵まれた国に住んでいるのに文句を言うな、が暗黙のルールだ。世界には、食事や住居や安全といった生活の基本さえ不十分な暮らしをしている人が大勢いるのだから。

もちろん、現状に感謝はするべきだ。でも、いつも自分より恵まれない人と比べるのは、よくない。行動の原動力にならないし、逆の効果を生むからだ。「今自分が持っているものに満足しなさい。なぜなら、世界にはあなたよりもっと困窮している人がいるのだから」。この理屈が、給料の半分を寄付したり、勉強して医者になり、アフリカの貧しい子どもに人生を捧げる動機づけになるならかまわない。

しかし、それなりに恵まれているから今日もこのままでいい、という思考回路では、やる気につながらない。他人との比較が功を奏さないこともあるのだ。そういうときは、自分の設定した基準と今の自分を比べればいい。基準をクリアして、目標を手に入れようと夢見ることで、やる気を引き出すのだ。

クライアントが、うまくいかない人生を愚痴っているときは――仕事が忙しすぎて公私のバランスが取れないとか、上司に不満がある場合――もっと不幸な人を想像させようとしても、無駄である。この不幸なクライアントは、人生は「こうあるべき」という理想の姿があるから、それと比較して、不満を感じているのだ。競争心が強ければ強いほど、自分の物差しを持つべきだ。物差しを持つことが、成功へのスタートポイントである。

ダントツの人は、独自の物差しと、人とは違う思考を持っている。ノルウェーのバイアスロン選手・クロスカントリー選手であり、ソチオリンピックで八個目の金メダルを獲得したオーレ・アイナル・ビョルンダーレンはインタビューのなかで、秘訣をこう明かしている。常に自分のパフォーマンスを自分の物差しに照らしあわせて、どうすれば向上できるかを分析している、と。

人生を俯瞰で見ると、普段からの態度も変わってくる。あなたの目標が、「どんな状況下でも最高の自分を出せること」なら、人生を俯瞰で見るのが上手な人だと言えるだろう。米メジャーリーグのスーパースターだったジョー・ディマジオが、引退後長らく経ってからニューヨークでエキシビションゲームに出場することになった。ウォーミングアップのときに、ディマジオが熱心にトレーニングするのを見て、チームメイトが思わずたずねた。「ジョー、いまさら試合前にそんなに頑張らなくてもいいじゃないか?」するとディマジオは答えた。「そうはいかないさ。ひょっとしたら、僕のプレーを初めて見る人がいるかもしれないからね」

ボクシング世界ヘビー級元チャンピオンのモハメド・アリは、「ボクサーになっていなければ、おそらくゴミ拾いの仕事に就いていた」と語ったことがある。「その場合、世界一のゴミ拾いになって、一度に四つのゴミ箱を家からトラックまで運んでいたよ」私はこの話を、クライアントへのアドバイスや講演でよく引用している。

職業が、秘書でもマネージャーでもゴミ収集人でもトップクラスのスポーツ選手でも、常に「ベストの自分になる」ことを目標にすれば、「あの快感」を体験できる回数がぐんと増えるだろう。あなたはまだ自分の価値観を知らない衝撃的な体験をすると、おのずと人生を俯瞰で見るようになる。事故などで生死をさまよった人は、人生の優先順位について自然と考えるだろうし、健康で元気に過ごせる日々をありがたく思うだろう。

大切な人を亡くした人は、立ち止まって人生について深く考え、友人や家族の大切さを思い知るに違いない。

あなたには、あなただけの価値観があるはずだ。人生を俯瞰で見る大きな目的は、自分の「価値観」と「欲求」を正確に知ることだ。私は、新しいクライアントに会うと、人生を俯瞰で見てもらうため、つまり自分を客観視してもらうために、こんな質問をする。「あなたは何者ですか?」「お母さんはあなたをどう形容しますか?」「親友からは、どんな人だと思われていますか?」「あなたのアイデンティティは?」こうして引き出したクライアントの答えが、彼らの価値観や欲求を知る手がかりになる。そして最後にこうたずねる。「あらゆることを総合して、あなたにとって一番大切なものは?」

この質問に対する答えを、私は「価値観」と呼ぶ。それは、その人が完全で調和した人生を送るために必要な、もっとも基本的な要素だ。病気をした人のほとんどは、「健康」を価値観に挙げる。ほかに多いのは「家族」、「成長」、「知識」、「愛情」、「安心」、「達成感」だ。価値観は、行動を強化する。特定の行動がくり返される可能性を、価値観が増幅するのだ。もっとも大切な価値観が「健康」なら、健康的な食事をとり、定期的に運動するという行動を大切にする。

もっとも大切な価値観が「知識」なら、読書が好きで教育熱心である可能性が高い。企業であれば、理念というものがたいてい明文化されている。しかし、個人に価値観について質問すると、即答できる人はめったにいない。

もちろん、それぞれに価値基準を持っているのだが、普段は意識下に眠っていることが多いのだ。だから少し掘り下げると、それらは必ず現れる。そうすればしめたものだ。価値観が明文化されると、人生を進める上での枠組み、明確なガイドラインとして、活用できるからだ。

価値観は、あなたに行くべき道を示してくれる。すべきこと、すべきではないことを教えてくれる。価値観が明確であれば、「これからしようとしていることは、自分の価値観に合っている?」と自問することができる。答えがイエスなら、実行すればいい。答えがノーなら、やめるべきだ。

価値観を知ることは、仕事の適性を見出すことにつながる。あるクライアントは、会社を興すのがかねてからの夢だった。起業についてひとしきり話をしたあとに、私は「あなたがもっとも大切にしている価値観はなんですか」とたずねた。男性はあれこれと考えたが、最終的に出た答えは、「安全・安心」だった。しかも、何にも代えがたいほど重要に思っていることが判明したのだ。「あなたの夢は起業なのですよね?」と問いただすと、彼ははっとした。

起業にはリスクと予測できない出来事への対処がついてまわるし、とりわけ経済的に不安定になる。目標と価値観がかみ合わないのだ。男性は「そういえば……私はいつも大きな決断を先送りにしてしまうんです」と明かし、目標の軌道修正が必要だと悟った。「安心・安全」を人生の最優先にする限り、起業という目標を追いもとめても、無理があるからだ。

このように、多くの人が、自分の価値観との兼ね合いを考えないで目標を設定していることに気づいていない。しかし、価値観は必ず考慮に入れるべきだ。なぜなら価値観は、目標や夢よりも揺るぎない概念であるからだ。人生を俯瞰で見れば、価値観が明確になり、それを常に意識した生活ができる。

すると、自分にふさわしい目標を正しく設定することにつながる。そのことについては、次の章で解説する。満たされない欲求を動力源にする人生を俯瞰で見ると、価値観だけでなく、欲求も明確になる。欲求は、いくつかの点で価値観と異なり、たいていは急を要する短期的なものだ。なかでも、いわゆる基本的欲求(食べ物、飲み物、適度な気温、睡眠)は、生存のために不可欠だ。

このほかに、自尊心や自己実現など、もっと心理的な性質を持つ欲求がある。心理学の見地から言えば、あらゆる人間は基本的な欲求を持っている。各々の環境や持論によって異なるが、私個人としては、次のような順序だ。

・愛情・社会的な関わり・多様性・安心・安全・出世・偉業・成長と発展・身近な人への奉仕これらは、どんな人でも多かれ少なかれ持っている欲求だが、程度や重要性は人によってさまざまだ。安心・安全を最重要視する人も、多様性を優先する人もいる。飲食の欲求は完全に満たされることが多くても、自己実現の欲求を完全に満たすのは難しい。自分の潜在能力のすべてを把握している人はいないだろう。

でも、それは決して悪いことではない。だからこそ、やる気が育ち、人生の意義を見つけようとするからだ。人生を俯瞰で見ることによって、周囲の雑音を一掃することができる。自分に満足するためには、何が必要なのか?優先したい価値観と、譲れない欲求を知ると、人生の核心が見えてくるはずだ。あるクライアントは美容整形外科医で、シリコンのインプラントとフェイシャルリフトが専門だった。

彼女の悩みは、仕事の効率が上がらないこと。ついネットを見たり同僚とおしゃべりしたりして多くの時間を無駄にしてしまう。患者をケアする時間が足りない。私とのセッションで彼女は、「もっと短い時間で仕事をさばくことができれば、収入が増えて業界での認知度が上がるのに」と訴えた。

私は、彼女の核となる価値観と欲求を探っていった。医者になった理由をたずねると、「人を助け、社会に貢献し、役に立つこと」と即答が返ってきた。彼女自身が、そもそも医者になった動機から徐々に離れていたことに気づくのに、そう時間はかからなかった。自分の価値観に合わない生きかたをしていたのだ。彼女が優先したい欲求は、奉仕と慈善活動。価値を置いているのは、もっとも困っている人を助けることだった。彼女とのセッションは、わずか三回で終了した。多くのクライアントが今の職場で成長する道を選ぶなか、彼女は仕事を辞めるという大胆な決断を下した。

現在は、慈善団体に籍を置き、紛争中の国に出かけては、外科医としての能力を、事故や銃撃や爆弾の被害を受けた人々の治療に活用している。最近電話で話したときは、地雷で重傷を負った子どもを救った経験と、その仕事がどれほど意義深いものだったかについて語ってくれた。同じ医者でも、金と名誉を気にかけて、高級住宅街に住み、ランドローバーを乗り回し、イングリッシュ・セッターを飼い犬にするライフスタイルに幸福を感じる人もいる。

一方で、わずかな給料で中東に出向いて、悪条件のなか危険に身をさらして人助けをすることに喜びを感じる人もいる。それぞれの欲求と価値観は違うが、どちらも、満足のいく結果を出して、「あの快感」を体験しているのである。くり返し心を掘り下げる多くの人が人生を俯瞰で見るのは、たとえば新年の午前〇時。特別な日の、特別な瞬間に限られている。そんなとき、考えるのはこんなことだ。

・私は望みどおりの人生を生きているだろうか?

・人生の正しい道を選び、正しい場所にいるだろうか?

・どうすればもっとバランスよく生きられる?

・本当に仕事でベストを尽くしている?

・目標や夢に近づくために、対処すべき問題に手をつけているだろうか?

残念なことに、ほとんどの人は、こういうことをふたたび考える機会がめったにない。新年の午前〇時をすぎたとたんに、さっぱり忘れてしまう。深く掘り下げたり、消化したり、実践に移したりする時間がない。せっかく考えたのに、それでは意味がない。

だから、私に相談に来る人が多いのだ。一定期間にわたるカウンセリングを何度か行うことで、系統的に自分自身に集中できる機会が得られ、それを、望みどおりの結果につなげられるようになる。人生を俯瞰で見ることが効果を発揮するのは、くり返し行ったときだけだ。自問が身体に染みつくと、それが行動をともなう習慣に変わる。考えなくては、と思わなくても、自動的に考えられるようになる。

すると、日々の生活のなかの小さな決断を正しく行えるようになる。ここまで読んだだけでも、私がどれほどまでに日々の小さな決断を重要視しているかにお気づきだろう。本書では、これからもくり返し、このテーマに立ち戻ってゆく。さまざまなクライアントと話をしていて思うのは、非凡な才能の持ち主ほど、人生を俯瞰で見るのが上手だということだ。成功し、夢を体現した生活を送っている人は、「あの快感」をたくさん経験し、常に目標に向けての努力を怠らない。

そんな人は、普通の人よりも、人生を俯瞰で見る回数が多いのだ。自分が何者なのか、今どこにいて、どこに向かっているのかを、毎週のように自問し、チャンスは一度きりであると、自分に言い聞かせている。こういった自問は、会社や組織にも応用できる。個人よりも団体のほうが、基本的理念についての問いかけがしやすいものだ。

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